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仙台地方裁判所 平成5年(ワ)1167号 判決 1995年11月28日

原告 山路産業株式会社

右代表者代表取締役 佐藤良和

右訴訟代理人弁護士 村上敏郎

渡辺寿一

菅野芳人

被告 株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役 若井恒雄

右訴訟代理人弁護士 小野孝男

近藤基

芳村則起

右小野孝男訴訟復代理人弁護士 五十畑昭彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二四二七万三六六八円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告との間で「オーストラリアドル/円コンビネーションローン」という名称の金融商品(以下「本件商品」という。)について契約を締結した原告が、被告の説明義務違反によりその内容、危険性を理解しないまま右契約を締結した結果、為替差損等により合計二四二七万三六六八円の損害を被ったとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(1) 原告は、不動産の賃貸業を目的とする株式会社である。

(2) 被告は、銀行法に基づく銀行業務を行う都市銀行で、外国為替公認銀行である。

2  本件契約の締結

(1) 原告は、被告から、平成元年三月二九日、金利年五・七パーセント(変動金利)、返済期日平成四年三月二七日の約定で、五億円を借り受けた。

(2) 原告は、平成二年一〇月四日、被告との間で、次の内容のオーストラリアドル/円コンビネーションローン契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

① 原告は、被告から、次の約定で、ユーロ円で五億円を借り入れる(以下「ユーロ円ローン」という。)。

期間 五年(一九九〇年一〇月八日~一九九五年一〇月六日)

金利 年八・六三パーセント(年三六〇日の日割計算、年三六五日に換算すると年八・七五パーセント)

利払日 毎年四月八日、一〇月八日

返済方法 期限一括返済(期前返済不可)

② 原告は、被告との間で、次の約定で、オーストラリアドル(以下「豪ドル」という。)と円を交換する(原告が、被告から、五七万七六八四・八六豪ドルを一豪ドル当たり一〇三・六四円で「買う」ことになる。以下「豪ドル/円スワップという。)。

期間 五年(一九九〇年一〇月八日~一九九五年一〇月六日)

原告受取額・被告支払額 五七万七六八四・八六豪ドル

原告支払額・被告受取額 五九八七万一二五八円

交換日 毎年四月八日、一〇月八日

(3) 原告は、本件契約を締結したころ、被告に対し、右(2)①のとおり借り入れた五億円をもって、前記(1)の貸金債務を弁済した。

3  原告の為替差損

前記各交換日に発生した為替差損・差益は、別紙計算書≪省略≫記載のとおりであり、合計で二三二八万〇六九七円の為替差損が発生した。

(1) 平成三年 四月八日

二二四万一四一八円の差益(交換レート 一〇七円五二銭/豪ドル)

(2) 平成三年一〇月八日

一一三万八〇四〇円の差益(交換レート 一〇五円六一銭/豪ドル)

(3) 平成四年 四月八日

一三九万二二二〇円の差損(交換レート 一〇一円二三銭/豪ドル)

(4) 平成四年一〇月八日

一〇二二万五〇二二円の差損(交換レート 八五円九四銭/豪ドル)

(5) 平成五年 四月八日

一五〇四万二九一三円の差損(交換レート 七七円六〇銭/豪ドル)

二  争点

【原告の主張】

1 説明義務違反

(1) 本件商品の仕組み・危険性

本件商品の実体は為替投機であり、通常の銀行取引とは性質を全く異にし、顧客に不測かつ無限の損失を被らせる可能性があるものである。

本件契約の実体は、従前の五億円の貸付を原告に極めて不利な条件に改め(年五・七パーセントの変動金利から、年八・七五パーセントの固定金利へと変更)、原告に為替予約による為替投機(為替相場の変動により実質金利が変動するというリスクの負担)をさせたということであった。

すなわち、原告は、六か月毎に五年間にわたり一豪ドル当たり一〇三円六四銭のレートで豪ドル先物を買い、もしその先物受渡期日における豪ドル/円相場が、一豪ドル当たり一〇三円六四銭より豪ドル高円安であれば実質借入金利が低下し(原告の勝ち)、逆に一豪ドル当たり一〇三円六四銭より豪ドル安円高であれば実質借入金利は上昇する(原告の負け)という極めて重大なリスクを負うことになった。これは、先物予約による為替投機にほかならない。

原告代表者は、為替取引や商品先物取引はおろか、証券(株式)取引さえ行ったことがなく、前記のとおり、平成元年三月二九日に被告から五億円を借り入れ、右借入金及び他からの借入金で貸ビルを購入し、賃貸収入で金利を支払う予定でいたところ、金利が上昇したため、金利負担の軽減を意図していたにすぎない。

そのような原告に対して被告が勧誘した本件商品は、一種の博打であり、原告のような素人がその仕組みや危険性を理解し得るものでもなかった。

(2) 説明義務

本件商品の実体が右のようなものであることからすれば、被告は、本件商品を顧客に勧誘するに当たっては、当該顧客が資金的にリスクに耐えうる顧客であるかを吟味した上で、本件商品の内容・仕組みとその危険性、豪ドルの特性、値動きの予測や範囲及びリスクヘッジの方法等を、当該顧客の知識経験に応じ、当該顧客が理解できるように説明する義務があった。

原告は、本件契約時、前記のような本件契約の実体を認識しておらず、豪ドルの値動きによってあたかも従前の変動金利のように多少実質金利が変わるという程度の認識しかなかった。したがって、被告は、原告に対し、前記の事項について詳細な説明をしなければならなかったのである。

(3) 被告の説明義務違反

被告は、原告に対し、本件商品の仕組みと危険性について十分な説明をしなかった。

① 原告は、本件契約締結までに、被告から「A

/円コンビネーションローンのご案内」、「A

/円コンビネーションローンご確認書」(以下「確認書」という。)、「覚書」の交付を受けたが、原告が右各書面を読んだとしても、本件商品の仕組みや原告が負担する危険は全くわからない。

② 被告仙台支店の従業員で原告の担当者であった仲川広治(以下「仲川」という。)は、本件契約締結までに、原告代表者に対し、将来にわたる先物予約の買値とその意味、決済の方法、値段、その他本件取引の仕組みや豪ドルの特性、値動きの予測や範囲などを説明していない。仲川が原告代表者に対してした説明は、せいぜい「為替相場が変動すれば実質金利も変動する」といった程度にすぎない。また、仲川は、原告代表者に対し、平成二年九月七日ころ、「現在だとコンビネーションローンの実質金利は五・七パーセントになる。将来変動があったとしてもそれが六・八パーセントを超えることはあり得ない。」旨を強調した。

そのため、原告は、本件契約の内容について何の理解も知識もないまま本件契約を締結し、後記のように大きな損害を被った。

(4) したがって、被告は、原告に対する説明義務を怠った不法行為によって原告が被った後記損害を賠償すべき責任を負う。

2 原告の損害

(1) 為替差損

原告は、前記のとおり、二三二八万〇六九七円の為替差損を被ったが、これは被告の原告に対する説明義務違反によって生じた損害である。

(2) 金利固定による損害

被告は、原告に対し、本件契約をもって、従前の変動金利による五億円の借入れを、八・七五パーセントという高利の固定金利の借入れに借り換えさせ、別紙計算書≪省略≫のとおり九九万二九七一円の損害を与えた。

【被告の主張】

1 説明義務違反について

(1) 説明義務の不存在

法的な義務とは、契約又は法律の規定に基づいて初めて発生するものであるところ、本件において、原被告間に被告の説明義務を定めた契約は存在しないし、被告に説明義務を課す法律の規定も存在しない。したがって、被告に説明義務が発生する根拠はない。

本件契約は、会社名義・代表者個人名義合わせて六棟もの賃貸ビルを所有し、二〇億円以上もの銀行借入をしている営利企業の原告と銀行たる被告との純然たる事業資金(の借換え)の融資契約である。資本主義経済社会のもとでは、このような契約にあたっては、企業は自己の責任とリスクにおいて契約内容を検討すべきであり、銀行が融資契約の内容について企業に対し説明する義務を負わないことは当然である。

(2) 被告の説明義務の程度について

仮に、被告が説明義務を負っていたとしても、本件契約を締結しようとする者は、本件契約の基本的な仕組みと、これに伴い自己が負うことになるリスクの内容を理解すれば、契約を締結するかどうかの合理的な判断を下すことが十分できるから、説明義務もその範囲にとどまる。

すなわち、

① 本件契約により、自己が、将来の一定期間、一定の期日に、一定の豪ドルの支払いを受ける権利を有し、他方、一定の円を支払う義務を負うこと

② 為替相場の変動に伴い、自己の損益が変動すること、すなわち、為替変動リスクを負うこと

③ 具体的には、契約締結時よりも、豪ドル安円高になれば自己の損失が拡大し、豪ドル高円安になれば自己の利益が拡大すること

右の三点さえ理解すれば、自己が負うことになるリスクの性質及び限度の有無が明らかとなり、契約締結についての合理的判断が可能であるからである。

これ以上に、細部の技術的事項、たとえば、交換される豪ドル及び円がなぜその金額となるのか、被告は豪ドルをどのようにして調達するかといった点に対する理解は、必ずしも必要ではない。

したがって、以上の三点についての説明がなされていれば、被告に説明義務違反はない。

(3) 被告が行った説明について

被告は、原告に対し、前記の三点について、十分な説明を行っている。

被告仙台支社の仲川は、原告に対し、「A

/円コンビネーションローンのご案内」(プロポーザルといわれる文書)を、平成二年八月一五日付け、同年九月二六日付け及び同年一〇月八日付けと、少なくとも三回交付し、その際に、仲川が本件契約の内容及びリスクについて、具体的に分かりやすく、シミュレーション表をも示して説明しており、原告もその内容を理解したことを確認している。

さらに、被告は、契約締結時に、再び具体的なシミュレーション表が記載された確認書を原告代表者に示し、契約内容とそのリスクについての確認を得ている。

原告の主張は、プロポーザルでは「為替先物予約」ということは出てこないから、本件契約の実体が理解不可能であるということのようであるが、リスクの説明としては、「為替先物予約」という言葉自体に意味があるのではなく、「円と豪ドルとの為替レートの変動に応じて、実質金利も変動する」という実質が重要なのであり、この実質については、「実質的な貴社の調達コストは、今後のA

/円の為替相場次第で変動することになります」「現在の為替レートを一A

=一二〇・二五円と仮定した場合、A

/¥為替レートの変動に応じて実質借入レートは、下表のように変化します」「金利部分はA

と円の為替リスクを負うことになります」等と平易な表現で記述され、シミュレーション表で具体的に説明されている。

したがって、被告に説明義務違反はない。

2 原告の損害について

本件契約によって原告に発生した損失が被告の説明義務違反によるものであるとの主張は争う。

第三争点に対する判断

一  総論

顧客が、銀行との間で借入れ等の金融取引を行うことは、そのリスクの大小を問わず本来自由であり、他方、とりわけ本件商品のように為替相場の変動を利用する商品について銀行が顧客に提供しうる情報も、商品の基本的内容以外の為替相場の動向などについては、不確定な要素を多分に含んだ予測や見通しという不確実なものにすぎないのが通常であるから、取引を行う顧客としては、自らの責任において、当該取引により自己が受ける利益、自己が負うことになる危険、及び危険の程度を判断して、当該契約を締結するか否かを判断すべきものである(自己責任の原則)。

しかしながら、顧客に当該商品の危険性を認識する機会が与えられていない場合には、顧客が当該契約を締結することの適否を独力で判断することは不可能もしくは極めて困難であるから、当該商品の危険性の程度によっては、顧客に予期しえない過大な損失を生じることがある。他方、取引の相手方である銀行は、当該商品について豊富な情報と経験を有し、顧客に対し、契約締結に当たって、当該商品の基本的な仕組みと危険性について説明することが可能なはずである。このような場合に、自己責任の原則は、銀行が顧客に対し、顧客が当該契約を締結することの適否を判断するに当たり必要不可欠な事項を説明して初めて妥当するものといわなければならない。

したがって、銀行が、顧客に対し、取引に伴う危険性が大きい金融商品を提供する場合には、当該商品の危険性の周知性が高い場合又は当該顧客が当該商品に精通している場合を除いて、顧客が、銀行との間で、当該商品につき契約を締結するか否かを判断するに当たって、必要不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性を説明する信義則(民法一条二項)上の義務があるものと解するのが相当である。そして、顧客が、銀行との間で、当該商品につき契約を締結するか否かを判断するに当たって必要不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性の内容、つまり右の説明義務の範囲及び程度は、当該商品の危険性の周知性の程度、当該事案における顧客の当該商品に対する適合性(顧客の経営状況及び意向、理解力・判断力等)によって定まるもので、右説明義務違反の有無は、銀行が顧客に対してなした説明の内容、その他当該取引の具体的状況を総合考慮して判断すべきであり、銀行において右説明義務を怠ったため、顧客に予期しえない危険を負担させ、現に顧客に右の危険から損害が生じた場合には、銀行は、顧客に対し、右説明義務違反として不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになるものと解すべきである。

これに対し、被告は、被告に説明義務を課す法律上の規定のないこと、及び、本件契約が事業資金の融資契約であり、契約内容の検討は企業である原告の自己責任であることを理由に、原告に対し融資契約の内容について説明する義務がないと主張する。しかし、右のとおり、右説明義務は契約上の信義則に根拠を置くものであるから、法律上の規定がないことを理由とする被告の主張は理由がない。また、企業であれば、銀行による説明がなくとも、当該商品の危険性を当然知り又は知りうべきであったと認められる場合はともかく、顧客が企業であり当該取引が事業資金の融資であることをもって、直ちに銀行に説明義務がないということはできず、右の事情は、説明義務の内容又は程度を左右する当該取引の具体的状況の一つとして考慮されるべき事項であるというべきである。

二  本件の経過等

争いのない事実、≪証拠省略≫、証人仲川広治の証言、及び原告代表者尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、不動産の賃貸等を業とする株式会社であり、現在仙台市青葉区国分町等に原告又は原告代表者個人の名義で合計六棟のビルを保有し、これを飲食店等に賃貸して収益をあげている。原告の経理は、原告代表者自ら担当している。

原告は、平成元年三月二九日に被告から前記五億円の借入れをしたほかに、そのころ、徳陽シティ銀行からも同様に五億円を借り入れ、自社ビル購入の資金としていた。

右各借入れの後、金融情勢の変化により、平成二年七月六日の利払日には被告からの借入金の金利は長期プライムレートに連動して契約時の年五・七パーセントから年七・六パーセントに上昇していた。これに加え、バー、スナック等のテナントの売上不振による貸ビルからの撤退による家賃収入の減少もあり、原告代表者は、右各借入金の金利支払を負担に感じるようになっていた。

平成二年七月下旬あるいは八月初旬ころ、原告代表者は、当時の被告仙台支店副支店長の神八及び同支店課長代理仲川との会食の際、原告が金利支払を負担に感じていたことから、金利が高くなったことを話題とした。これに対し、神八及び仲川は、金利負担を軽減する方法があるかもしれない旨述べたが、商品名や商品の詳しい内容について説明するには至らずに終わった。

2  その後、仲川は、平成二年八月一五日ころ、原告代表者に対し、円高期待型の「デュアルカレンシーローン」と円安期待型の「豪ドル/円コンビネーションローン」(本件商品)という二つの金融商品を紹介した。

その際、仲川は、原告代表者に対し、「US

/¥デュアルカレンシーローンのご提案」と題する書面(≪証拠省略≫と同じ内容のもの)と、「A

/円コンビネーションローンのご案内」と題する書面(≪証拠省略≫と同じ内容のもの)を示し、「デュアルカレンシーローン」は、円建てで借入れ、金利は固定、借入期間中の金利は低く抑えているが、一〇年後に元利合計を米ドル建てで返済するという内容の商品であること、本件商品は、円建て・固定金利で円を借入れ、半年毎に借入金利を円で返済し、同時に豪ドル建て金利と円建て金利を交換することにより、為替相場の推移によっては金利の軽減を図ることができることを説明し、右各書面を渡した。

右の「A

/円コンビネーションローンのご案内」と題する書面には、本件商品が前記のユーロ円ローンと豪ドル/円スワップをその内容としている旨の記載があり、また、「今後のA

/円の為替相場次第では極めて低利の資金調達が可能なります。」(原文のまま)、「実質的な貴社の調達コストは、今後のA

/円の為替相場次第で変動することになります。つまり、A

売/¥買為替レートが現状レートよりも円安になればなるほど、受取円貨額が増加するため実質借入レートは低下します。現在の為替レートを1A

=120・25円と仮定した場合、A

/円為替レートの変動に応じて実質借入レートは、下表のように変動します。もしA

売/¥買為替レートが現状と同じ1A

=120・25円で取れれば、実質借入レートは年5・700%となります。相場が不利に働いた場合でも1A

=107・3661円までは、本来の円借入の金利8・400%を下回ることができます。」「このように金利部分はA

と円の為替リスクを負うことになりますが、元本部分はあくまで円建てであり、為替リスクは全くありません。また金利部分についても円安が進んだ時点で先物予約をすることにより事前に借入レートを確定することが可能です。」との記載がある。そして、右の下表には、豪ドル/円の為替レートが一五〇円/一豪ドルの場合から八五円/一豪ドルの場合までに実質借入レートがどう変動するのかのシミュレーションが記載され、一五〇円/一豪ドルの場合はマイナス〇・五三五パーセント、八五円/一豪ドルの場合は一三・〇八七パーセントとなることも記載されている。

3  原告代表者は、平成二年九月初旬ころ、仲川に対し、金利が六か月の後払いでよいのか、金利が国内金利よりも安くなるのか等を質問して、「A

/円コンビネーションローン」について説明を求めた。

国内金利と比較するにはどこを見ればよいのかという原告代表者の質問に対し、仲川は、前記「A

/円コンビネーションローンのご案内」と題する書面の下表を示して、為替相場により実質金利は影響を受け、相場が変動すれば金利が高くなる場合があることを説明した。

原告代表者は、実質金利の軽減を期待して、仲川に対し、「豪ドル/円コンビネーションローン」(本件商品)の契約を締結する意向を示した。

4  原告代表者は、平成二年一〇月四日、「A

/円コンビネーションローンご確認書」と題する書面(以下「確認書」という。≪証拠省略≫)に捺印して被告仙台支店に提出し、原告は被告との間で本件契約を締結した。

右確認書には、本件契約が前記のユーロ円ローンと豪ドル/円スワップであること、及び、豪ドル/円の為替レートが一三五円/一豪ドルの場合から八〇円/一豪ドルの場合までに実質借入レートがどう変動するのかのシミュレーションが記載され、一三五円/一豪ドルの場合は一・五〇五パーセント、八〇円/一豪ドルの場合は一四・二一四パーセントとなることも記載されている。

本件契約締結時の豪ドル/円の為替レートは、一一三・六〇円/一豪ドルであった。

5  本件契約締結後、豪ドル/円の為替相場は、本件契約締結時より豪ドル安・円高に進んだため、第二回交換日まではなお利益が生じたものの、平成三年四月八日の第三回交換日には原告に一三九万二二二〇円の損失が生じたが、原告代表者が、被告に対し、特に異議又は苦情を述べたことはなかった。

同年一〇月八日の第四回交換日には、急激に豪ドル安・円高が進み、為替レートが八五円九四銭/豪ドルにまでなったため、原告に一〇二二万五〇二二円の損失が生じ、原告は他の銀行の定期預金を解約して、金利の支払に充てた。

平成五年四月八日の第五回交換日には、更に豪ドル安・円高が進み、原告に損失が生じた。

その後、原告は、本件訴えを提起した。

三  被告の説明義務の有無

1  本件商品の仕組み・危険性

(1) ≪証拠省略≫によれば、以下の事実が認められる。

① 本件商品は、顧客は円建て・固定金利の融資を受け、六か月毎に金利を円建てで支払うと同時に、銀行との間で豪ドル固定金利と円固定金利を交換するというものであり、豪ドルと円では豪ドルを運用した場合の金利が高いために、これにより実質金利が軽減されることになり、豪ドルに対する円安が進行すれば更に実質金利が軽減される利益があることになる。

具体的には、本件契約の場合、

ア 六か月毎に、原告は被告から五七万七六八四・八六豪ドルを受け取り、被告は原告に五九八七万一二五八円を支払うことになるので、右は一〇三・六四円/豪ドルとなるから、豪ドル/円の交換レートが一〇三・六四円/豪ドルの場合が損益分岐点となり、この場合に被告の負担する実質金利がユーロ円ローンの金利とほぼ等しい年八・七五一パーセントとなることになる。

イ 豪ドル/円の交換レートが一〇三・六四円/豪ドルよりも円安であれば、実質金利はユーロ円ローンの金利年八・七五パーセントよりも低くなることとなる。

豪ドル/円の交換レートが本件契約時の一一三・六〇円/豪ドルであれば、被告の負担する実質金利は年六・四五パーセントとなる。

ウ しかし、円高が進行し、豪ドル/円の交換レートが一〇三・六四円/豪ドルよりも円高となれば、実質金利はユーロ円ローンの金利年八・七五パーセントよりも高くなることとなり、交換レートが八〇円/豪ドルにまでなれば、実質金利は年一四・二一四パーセントにまで上昇することになる。

② 他方、本件商品においては、顧客は、被告から受け取る豪ドルについて、あらかじめ先物予約(豪ドル売り・円買いの為替予約)を締結し、被告から支払を受ける豪ドルの交換レートを固定することによって、実質金利を確定させることができる。その代わり、締結した為替予約は必ず実行しなければならず、先物予約を締結した時点よりも豪ドルに対し円安となっても、予約した交換レートで円に変えなければならず、確定された実質金利以上にこれを軽減することはできないことになる。

③ 為替相場は、国際的な政治・経済情勢等の不確定な要素によって左右されるものであり、為替相場の変動により実質金利が変動する本件商品において、一般の顧客が、為替相場の推移を予測し、将来の実質金利を予測することは通常は不可能である。(公知の事実)

(2) 以上の事実によれば、次のように考えられる。

① 本件商品は、予測が不可能な為替相場の推移によって実質金利が変動し、場合によっては、実質金利負担の軽減という狙いとは逆に、顧客の負担する実質金利が増大し、しかもその程度を顧客において予測することも不可能であるという点で、通常の銀行取引にない危険性を有するものである。

もっとも、顧客は、本件商品により、実質金利の増大という不利益を負うリスクを負担する反面、逆に実質金利の軽減という利益を期待できることになり、また、契約締結時よりも円高が進んでも、損益分岐点レートまでであれば、実質金利はユーロ円ローンの金利を下回ることとなり、それが本件商品の魅力ということになる。

② しかし、本件商品を導入しようとする顧客は、実質金利を銀行からの一般の借入の金利よりも少しでも軽減したいというのがその動機であろうから、資金の余裕がない場合が少なくないものと推測され、したがって、予想外に円高が進展し、実質金利が上昇した場合には、顧客にとっての打撃は深刻なものとなる場合が少なくないものと考えられる。

なお、「コアラローン」という名称で本件商品と同種の金融商品を扱っている株式会社三和銀行でも、取引をする際には、損失リスクが発生した場合にそれに耐え得る体力のある顧客かどうかの判断を慎重に行うことを留意点としている。(≪証拠省略≫)

③ 豪ドル/円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるかは計算上明らかであり、前記のとおり、本件商品においては顧客が銀行から受け取る豪ドルについて先物為替予約をすることは可能であり、これによって実質金利を確定させることができるから、豪ドルに対する円安の状況下で先物予約をすれば、実質金利の軽減という利益を固定的に受けることができることになり、また、円高の状況下であっても、相場が以後も円安に動く見通しがないと判断して先物予約をすれば、それ以上の損失が生じることを回避することができることになる。

しかし、いずれの場合も先物予約をしたことが裏目に出ることがありうるから、為替相場の状況をみながらいつ先物予約をするのがよいかについて判断することは、顧客にとっては困難なものがある。

2  説明義務の有無

本件商品は、以上のような危険性を有するものと認められるところ、本件商品は一般にはなじみの薄い金融商品であり、その危険性が一般に周知のものであったとも、原告代表者が本件商品の危険性に予め精通していたとも認められないから、被告は、原告に対し、原告が本件商品についての契約をするか否かを判断するに当たり、信義則上、本件商品の概要及び本件商品が有する危険性について適切な説明をすべき説明義務を負っていたものというべきである。

四  被告の説明義務の範囲・程度

1  前記認定のとおり、原告は、被告からの従前の変動金利による借入金の金利の支払を負担に感じ、金利負担を軽減することを意図していたのであるから、本件商品は、短期的にみれば、原告の当面の必要(ニーズ)に合致していたものとはいえるが、本件商品の前記のような危険性からすれば、客観的にみれば、これを導入することは原告にとって慎重な判断を要するものであったものと考えられる。したがって、被告は、原告に対し、原告が自らの責任で本件商品を導入するかどうかを判断をするのに必要な、本件商品の概要及び本件商品が有する危険性についての適切な説明をすべきであったというべきである。

2  本件商品は、こうした金融商品についての特別な知識を有しない者にとっては、その仕組みがわかりにくいものであるが、顧客にとっては、本件商品を導入するか否かを判断するに当たっては、必ずしもその仕組みを完全に理解するまでの必要はなく、必要不可欠なのは本件商品を導入して契約を締結した場合に具体的に実質金利がどのようになり、どのような危険性があるのかということであるから、被告は、原告に対し、本件商品が為替相場の変動により顧客の負担する実質金利が左右されるものであり、円高が進めば実質金利が上昇するという危険性もあること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるのかということ、先物予約をすることによりその時点以降の為替リスクを回避する方法があることについて説明することを要し、かつ、それで足りるものというべきである。

原告は、被告は原告に対し、豪ドルの特性、値動きの予測や範囲について説明すべき義務があったと主張するが、為替相場の推移を正確に予測することは、被告のような銀行にとっても相当困難であることは公知の事実であるから、そのような事柄について顧客に説明をすることが被告の法的義務となるとまではいえない。

五  被告の説明義務違反の有無

1  被告が原告にした本件商品の説明

(1) 前記認定のとおり、仲川が原告代表者に渡した前記「A

/円コンビネーションローンのご案内」では、本件商品がユーロ円ローンと豪ドル/円スワップをその内容としていること、為替相場の変動により顧客の負担する実質金利が左右されるものであることが記載され、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるのかについて、シミュレーション表により具体的に説明されていること、為替リスクを回避する方法についても、「金利部分についても円安が進んだ時点で先物予約をすることにより事前に借入レートを確定することが可能です。」との記載により一応説明されていることが認められる。

(2) もっとも、右書面は、一般人であれば読めば直ちにその内容を理解しうるものとはいえないが、為替相場の変動により顧客の負担する実質金利が左右されるものであること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるのかについては、シミュレーション表等によって口頭で説明を受ければ、一般人であれば理解することが可能であると考えられる。

そして、前記認定のとおり、仲川は、原告に対して、平成二年九月初旬ころには、国内金利と比較するにはどこを見ればよいのかという原告代表者の質問に応じて、前記「A

/円コンビネーションローンのご案内」のシミュレーション表を示して、為替相場により実質金利は影響を受け、相場が変動すれば金利が高くなる場合があることを説明していることが認められ、原告代表者も、為替相場の変動により実質金利が動くことくらいはわかったと供述している。

(3) ところで、原告代表者は、尋問において、原告代表者がその際に仲川に対し、実質金利が多少上下するのかと質問したところ、仲川は、「上がっても、一段かせいぜい二段くらいです」と答え、実質金利が上昇しても、せいぜいシミュレーション表の現在の為替レートによる実質金利(平成二年八月一五日付けの書面では五・七〇〇パーセント)よりも二段上に記載されている為替レートが一一五円の場合の六・八〇〇パーセント程度であると答えたと供述し、原告の陳述書(≪証拠省略≫)にも同旨の記載がある。

実質金利について強い関心を有していた原告代表者が仲川に対しそのような質問をするというのは自然な流れではあるが、仲川はそのような説明をしたことはないと証言する。

仲川は、その当時の豪ドル相場について、豪ドル相場は、円高が進むと円安となり、円安が進むとまた円高となるというような流れできていた、その当時は円高傾向であったので、一〇月くらいから逆に円安に入っていくのではないかと思っていたと証言する。そして、≪証拠省略≫によれば、豪ドル相場は、本件契約が成立する前の二年間くらいは多少上下しながら安定的に円安傾向を歩んでいたが、平成二年八月ころからは円高傾向となっており、為替レートは、八月一五日には一二〇・二五円、九月二六日には一一四・七五円、一〇月四日には一一三・六〇円になっていたことが認められる。そうすると、豪ドル相場が二年間くらいは比較的安定していたことから、これが急激に円高傾向に進むことを予想せず、一〇月くらいからは円安傾向となるのではないかと予想していた仲川が、そのような自己の相場観を述べたということはありうるが、仲川が豪ドル相場について原告代表者が供述する前記のような程度の範囲でしか変動しないといった認識を有していたとは認められず、仲川が原告代表者が供述するような断言をしたとまでは認められないから、原告代表者の前記の供述を採用することはできない。

(4) 前記認定のとおり、本件契約の確認書(≪証拠省略≫)でも、本件契約が前記のユーロ円ローンと豪ドル/円スワップをその内容としていること、本件商品が為替相場の変動により原告の負担する実質金利が左右されるものであること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する金利がいくらになるのかについて、シミュレーション表により具体的に説明されていることが認められる。

2  検討

以上認定の事実関係によれば、仲川は、原告代表者に対し、本件商品は為替相場の推移によっては実質金利が上昇する危険性があること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する金利がいくらになるのかについて、原告代表者が具体的に理解することが可能な程度の説明がされていたものというべきであり、また、先物予約をすることによって為替リスクを回避する方法があることについても、一応の説明がされていたものというべきであり、原告代表者としては、仲川の説明により本件契約の危険性は認識しえた以上、その危険性が現実のものとなることを回避するための方法についての説明が理解できなければ、仲川あるいは他の被告従業員に対して更に説明を求めるべきであったから、原告に対する説明義務違反が成立するとはいえない。

したがって、被告が原告に対し本件契約について説明義務を負っていた事項について仲川が行った説明は、被告の原告に対する説明義務に違反するものとまではいえない。

第三結論

したがって、その余の点を検討するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井彦壽 裁判官 峯俊之 前澤功)

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